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メキシコ映画は、なぜもう一度「産業」を作ろうとしているのか?黄金時代から2026年へ

9月12日
読了時間: 8分

メキシコには、一度「映画を世界へ売っていた時代」がある。1940年代を中心とするメキシコ映画の黄金時代だ。Filmoteca UNAMは、この時期のメキシコが世界最大級のスペイン語映画の供給地となり、国内のスターシステムと広い配給・上映網を築いたと振り返っている。


妻とこの話をしていて、僕はひとつ引っかかった。もしメキシコが一度そこまで大きな映画産業を持っていたのなら、なぜ2026年になって改めて「映画を産業として成立させる」という議論が強く出てきているのだろう。


そこで思い出したのが、2025年10月にSatélite Film FestのPRイベントで聞いた話だった。ディレクターのEmiliano Dueñas(エミリアノ・ドゥエニアス)と、プロデューサーのFernanda “Fey” Unda(フェルナンダ・ウンダ)に、メキシコ映画に今何が足りないのかを聞いた時、2人が話したのはカメラや撮影技術ではなかった。投資、上映、配給、そして次の作品へ資金が戻る仕組みだった。


メキシコは、既に一度「映画が回る仕組み」を持っていた

黄金時代を支えたのは、名監督や名優だけではない。第二次世界大戦という特殊な国際環境、国家の支援、スタジオ、金融、配給会社、映画館、そしてスターシステムが重なっていた。Filmoteca UNAMは、メキシコ映画がスペイン語圏の主要な供給地となり、全国的なスターシステムと拡大する配給・上映ネットワークを持った時代だったと説明している。


つまり、黄金時代の強さは「良い映画を撮れる人がいた」だけでは説明できない。作品を作り、スターを育て、上映し、広い市場へ届け、そこで得た収益を次の作品へ戻す産業構造があった。映画が作品であると同時に、循環するビジネスでもあった。


もちろん、その仕組みには独占的な配給や閉鎖的な業界構造といった問題もあった。だから過去をそのまま理想化したいわけではない。ただ、一度産業として大きく回った経験を持つ国が、今また「映画を産業として考えよう」としている。この反復自体が面白い。


2025年、映画人2人に聞くと「制作」ではなく「その前後」の話が返ってきた

2025年10月、僕はSatélite Film FestのPRイベントでエミリアノとフェルナンダにインタビューした。そこで僕が聞きたかったのは、メキシコ映画が次へ進むために何が必要なのかということだった。


エミリアノが強調していたのは、映画へ資金を入れるための支援と、完成した作品を観客へ届ける上映・配給の機会だった。撮影できるかどうかより、完成後に誰が見て、どこで上映され、どう資金が戻るのか。彼の答えは、映画の前後にある仕組みへ向いていた。


フェルナンダの話も同じ線上にあった。IMCINEやEFICINEのような公的支援が存在することを前提にしつつ、それだけに依存するのではなく、民間から資金が入り、プロジェクト自体が収益性を持つことが必要だと話していた。僕には「アートを捨てて商業映画にしろ」という意味には聞こえなかった。良い作品を作り続けるなら、次の一本を作れる経済循環まで考える必要がある、という話だった。


「政府の支援だけでなく、民間投資によって産業を作り、収益性のあるプロジェクトを増やしていくことが必要です。」 — Fernanda “Fey” UndaへのTokyoTacos取材内容より

この違いは大きい。一本の映画に助成金が付くことと、映画産業が自力で拡大していくことは同じではない。制作費を確保できても、観客へ届かなければ回収できない。回収できなければ次の民間資本も入りにくい。映画を産業として見るなら、制作だけでなく、投資から配給、観客、回収、再投資までを一つのシステムとして考える必要がある。


「映画の周り」のネットワーク

後から2人の経歴を調べ直すと、この発言が偶然ではなかったことも見えてきた。フェルナンダはTecnológico de Monterrey在学時からHagamos Cineの立ち上げ側に入り、映画業界の人材をつなぐ、いわば「映画業界のLinkedIn」のようなネットワークを作ろうとしていた。


エミリアノもそれ以前からHagamos Cineを通じて、映画人、人材データベース、ロケーション、投資、上映などを接続する構想に関わっていた。2人はSatélite Film Festだけを突然始めたわけではない。一本の映画の外側にある、人、仕事、資金、場所、上映機会をどうつなぐかを以前から考えていた。


だから2人から「投資」と「配給」という言葉が出てきたのは自然だったのだと思う。彼らが見ていたのは、映画そのものだけではなく、映画が成立する環境だった。


「映画は趣味ではなく産業だ」という言葉が大きな舞台に出てきた

2026年9月のEconomía en Pantallaでは、メキシコの映画・映像を“趣味”ではなく経済を動かすindustryとして捉える議論が前面に出た。政府、制作会社、プラットフォーム、俳優、脚本家などが集まり、投資、国際化、人材、スターシステム、文化ポップ、AIまでを映像産業の問題として議論している。


2025年のCDMX映像産業では約94億ペソ規模の投資が記録され、1,300件を超えるプロジェクトが動いた。この数字そのものは前の記事で扱ったので、ここでは繰り返さない。今回面白いのは、Satélite Film Festで2人から聞いた「映画をどう産業として回すか」という問題意識が、約一年後には政府や大手プラットフォームを含む大きな議論の言葉になっていたことだ。


Economía en Pantallaでは、メキシコ独自の物語をどう世界へ届けるか、国内のスターシステムをどう育てるか、文化を外から評価されるまで待つのではなく自分たちで価値化できるか、という議論も出ている。これは単なる撮影誘致とは違う。メキシコが「海外作品を撮らせる国」になるだけでなく、自分たちの物語、人材、IPを外へ売れるかという問いだ。


ボトルネックは「撮る能力」より、作品の前後か

ここまでをつなぐと、一つの仮説が見えてくる。今のメキシコ映像産業に足りないものを「映画を撮れる人がいない」と考えるのは、おそらく違う。人材もスタジオもロケーションも作品もある。Guillermo del Toro、Alejandro González Iñárritu、Alfonso Cuarónのように世界で評価された映画人もいる。


むしろ厚くする必要があるのは、その才能と作品の前後にある産業かもしれない。民間資本、プロデュース、セールス、配給、マーケット、海外共同制作、IP開発、VFX、スター育成、国際PR。映画を作る前と作った後の仕事が厚くなれば、一本の成功が次の制作へ戻っていく確率も上がる。


Hagamos Cineが人材や機会をつなごうとし、Satélite Film Festが上映と出会いの場を作り、Economía en Pantallaが映画を経済として語る。別々の出来事だが、僕には同じ方向を向いているように見える。


「次の黄金時代」は過去とはまったく違う形に

もちろん、これだけでメキシコ映画の第二の黄金時代が来るとは言えない。1940年代と2026年では市場も技術も競争相手も違う。今はハリウッドだけでなく、Netflix、Amazon、YouTube、TikTok、韓国コンテンツ、日本のアニメまで、世界中の作品が同じ人の時間を奪い合っている。


だから次の黄金時代があるとしても、「メキシコ映画館でメキシコ映画が増える」だけではないはずだ。メキシコで生まれた物語や人材が、映画館、配信、広告、ゲーム、音楽、IP、短尺映像など複数の出口を持ち、海外の資本や市場とも接続する。作品だけでなく、人やキャラクターや物語そのものが資産になれば、一本の映画の興行収入だけに依存しない産業になる。


黄金時代をそのまま再現するのではなく、2026年のメディア環境に合わせて「作品→人材・IP→複数市場→収益→次の作品」という循環を作れるか。僕が今気になるのはそこだ。


日本とは、黄金時代の周辺から存在

この歴史を調べていて、日本との意外な接点も見つかった。日本人演出家の佐野碩(Seki Sano)はメキシコで演劇教育に関わり、俳優たちへ影響を残した。メキシコ文化省のSistema de Información Culturalには、佐野碩に演技を学び、その後250本以上の映画に出演したAntonio Raxelの経歴も記録されている。


これだけで「日本がメキシコ映画黄金時代を作った」と言うことはもちろんできない。ただ、国境を越えた人材交流が昔からあったことは面白い。日本とメキシコの映像・演劇文化の接点は、2026年に突然始まるものではない。


「撮影地」より「接続先」が、実は面白い

前の記事では、メキシコを日本企業にとって「映像を作る場所」として見る可能性を書いた。今回はそこを繰り返さない。今回見えてきたのは、もっと産業同士の接続の話だ。


もしメキシコ側で民間投資、配給、IP、国際共同制作、スター、人材ネットワークが厚くなっていくなら、日本側にも接点が増える。映画やドラマだけではない。アニメ・漫画IP、音楽、ファッション、広告、キャラクター、VFX、ゲーム、ブランドとの共同企画まで考えられる。逆にメキシコ発の作品や人材を日本へ持っていく流れもあり得る。


日本から完成品を輸出し、メキシコ側で翻訳して売るだけではなく、最初から両国の人材、物語、資本、市場を混ぜて企画する。日本原作とメキシコ制作、日墨共同脚本、メキシコの俳優と日本IP、音楽と映画、共同配給。そういう組み合わせの方が、これからは面白いかもしれない。


TokyoTacos View|次の黄金時代を予想するより、「循環」ができる場所を

2025年にエミリアノとフェルナンダから話を聞いた時、僕には「メキシコ映画をもっとビジネスとして成立させたい」という話に聞こえた。その約一年後、似た問題意識がEconomía en Pantallaの議論として表に出てきた。


だから今僕が気になるのは、メキシコで何本撮影されるかだけではない。その作品に誰がお金を出し、誰が売り、誰が観て、どこへ輸出され、そこで得た資金、人材、知名度が次の作品へ戻ってくるのか。その循環ができるかどうかだ。


もしそこまで回り始めたら、メキシコは単なるロケーションでも、Hollywoodに近い制作拠点でもなくなる。もう一度、自分たちの物語を外へ売る映画・映像産業になれるかもしれない。


そして日本とメキシコの間で、その資金、人、IP、企画、制作、マーケットをつなぐ仕事も増えていくはずだ。TokyoTacosとして僕が追いかけたいのは、「メキシコで撮れます」という話より、その接続からまだ存在していない企画や市場が生まれる瞬間だ。


参考資料・出典


TokyoTacos|Satélite Film FestでのEmiliano Dueñas、Fernanda “Fey” Undaへの一次取材

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