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メキシコはAI国家になれるのか?2026年の現在地を調べてみた

9月4日
読了時間: 10分

2026年9月4日、メキシコとスペインがAI、スーパーコンピューティング、データセンター、サイバーセキュリティなどデジタル分野で協力する覚書を結んだ。


最初にこのニュースを見たときは、正直、よくある政府間協定の一つだと思った。ところが、メキシコ側で何が進んでいるのかを調べてみると、僕が思っていたより話はずっと大きかった。


公共スーパーコンピューター「Coatlicue」、Fábrica de Inteligencia Artificial(AI Factory)、政府クラウド、人材育成、そして観光AI。メキシコは海外で作られたAIをただ使うだけではなく、自分たちでAIを動かすための基盤そのものを持とうとしている。


では、2026年のメキシコのAIは実際どこまで来ているのか。そして、この基盤が本当に揃ったとき、何ができるようになるのだろうか。


メキシコが作る巨大スーパーコンピューター「Coatlicue」

まず驚いたのが、メキシコ政府が進める公共スーパーコンピューター「Coatlicue」だ。政府発表では投資規模は約60億ペソ(2026年9月4日時点の為替換算で約555億円)。14,480基のGPUを備え、計算能力は314 PFLOPSを想定している。だが、「314 PFLOPS」と言われても、普通はどれほど大きいのか分からない。そもそも読み方であるペタフロップスなんて、今日、この記事を書くまで、発音したこともなかった。


メキシコ政府自身の説明では、現在ラテンアメリカ最大とされるブラジルのスーパーコンピューター「Pegaso」の42 PFLOPSに対して約7倍。ちなみに、1 PFLOPは毎秒1,000兆回規模の浮動小数点演算を意味するので、314 PFLOPSは単純化すれば毎秒31.4京回規模の計算能力ということになる。……が、正直、そう言われても僕にはまだ想像がつかない。


ただし、スーパーコンピューターの性能はGPUの種類や計算精度、ベンチマークによって変わるので、数字だけで他国の機械と単純比較はできない。重要なのは、メキシコがこれまで国内になかった規模の公共計算資源を持とうとしていること。用途として挙げられているのは、気象・災害予測、農業、衛星画像、エネルギー、税関や税務データの分析など。


つまり「巨大なChatGPTを作る」という話ではない。大量のデータを処理し、AIや科学計算を動かすための計算資源を国として持つという話だ。政府は研究だけでなく、起業家のプロジェクト支援や民間への大規模計算サービスも想定している。


2026年にはCoatlicueの運営に向けた制度整備も進み、政府のデジタル政策では2030年に向けて建設・運用、さらに民間向けAIソリューションやスーパーコンピューティング能力の活用まで掲げられている。まだ完成したインフラではないが、単なるアイデアだけでもなくなっている。


「AI工場」ができると、何ができる?

もう一つ興味深いのが、メキシコ政府が「Fábrica de Inteligencia Artificial」、直訳すれば「AI工場」と呼ぶ取り組みだ。政府のAgenda de Transformación Digitalでは、公共課題を解くためのAIソリューションを作る仕組みとして位置づけられている。


Coatlicueが計算するための巨大なエンジンだとすれば、AI Factoryはその計算能力やデータを使って、具体的なAIソリューションを作る側に近い。そこにNubeMXのような政府クラウド、データセンター、サイバーセキュリティ、人材育成まで重ねようとしている。


ここで僕が知りたくなったのは、結局「それが揃ったら何ができるのか」だった。例えば、衛星画像を大量に読み込んで水不足や農地の変化を早く検知する。気象データを使って災害リスクを細かく予測する。税関データから異常な取引を見つける。行政手続きの問い合わせを24時間処理する。公共データを横断して、これまで人間が何時間もかけて探していた情報を短時間で整理するなど、具体的な内容だ。


政府の2030年アジェンダには、民間向けAIソリューションの商用化やスーパーコンピューティング能力の活用まで明記されている。もしここまで実現すれば、大企業や大学だけでなく、計算資源を自前で持てない企業や起業家が、メキシコ国内の公共インフラを使って新しいサービスを作れる可能性も出てくる。もちろん、どこまで誰が使えるのか、料金やデータ管理がどうなるのかは今後を見る必要がある。面白いのは、スーパーコンピューターそのものより、計算資源、クラウド、データ、AI開発、人材が一本につながったときだと思う。そこで初めて「メキシコで何を作れるのか」という話になる。


AIはメキシコ旅行の「分からない」を減らせる?

その未来を少し分かりやすく見せているのが、Visit Méxicoに組み込まれた観光AI「Kúul」だ。


Kúulは旅行者の質問に答え、目的地やアクティビティ、移動、イベントなどの情報を案内し、興味に応じた旅程も提案するデジタルガイドとして開発されている。情報源にはAtlas Turístico de Méxicoや観光省の各種データベース、Registro Nacional de Pueblos Mágicosなどの公的データが使われている。


ここでいうPueblos Mágicos(プエブロス・マヒコス)は、歴史、文化、伝統、自然、食など独自の魅力を持つ地域をメキシコ観光省が認定する制度だ。有名な大都市だけではなく、各地の小さな町や地域へ観光を広げ、地域経済にも利益を届けようという意味を持っている。


僕は、今も内容によってプライベートツアーのガイドや現地サポートの仕事を受けることがある。その経験からすると、メキシコ旅行で難しいのは「観光地がない」ことではなく、そこへ行くための情報がつながっていないことだ。スペイン語が話せても行き方が分からない場所がある。バス停はあるのにサービスしていない、時刻が変わっている、公共交通そのものがほとんどない。現地で聞かないと分からないことも多い。


だから、公式データ、現在地、交通、営業時間、宿泊、観光地、イベントなどがAIを介してつながれば、それだけでも旅行体験はかなり変わる可能性がある。外国人旅行者だけでなく、メキシコ人が自国の知らない地域へ行くときにも使える。アクセスしにくかった小さな地域に旅行者が流れれば、観光収入が一部の有名都市や観光地だけに集中しない未来も考えられる。


もちろんAIを置いただけでバスが来るようになるわけではない。元の交通データが古ければ、AIも古い答えを返す。それでも、僕はある日突然「前よりずっと旅行しやすくなった」と感じる瞬間が来ても全然不思議ではないと思っている。AIの価値は派手なデモより、こういう地味だけれど今まで困っていたことを一つずつ消してくれるところにあるのかもしれない。


インフラを作っても、使える人がいなければ意味がない

メキシコ政府はCentro Público de Formación en Inteligencia Artificialを通じて、AI、サイバーセキュリティ、クラウド、データ分析、ネットワークなどの人材育成も進めている。2026年の第2期では3万人分の枠が用意され、AWS、Google、Microsoft、NVIDIA、IBMなど複数の企業が教育内容に参加している。


GPU、クラウド、AI開発、人材。この並びを見ると、メキシコが少なくとも政策上は「AIを使う国」から「AIを作り、動かせる国」へ移ろうとしていることは見えてくる。ただし、メキシコシティ中心部の企業と地方や郊外で、同じ速度でAIが普及するとは限らない。インフラ、教育、接続環境の差がどう埋まるかも、この先の重要なポイントだと思う。


「AIすごい」の次は?

一方、企業側を見ると少し違う景色がある。KPMG Méxicoが2026年に発表した調査では、AIの導入は進んでいるものの、十分なROI、つまり投資に対してどれだけ利益や効果が返ってきたのかを示せている企業はまだ限られている。


ここが面白い。AIを導入するかどうかではなく、「それで実際いくら儲かったのか」「何時間減ったのか」「コストはいくら下がったのか」を問う段階に入り始めている。AIを入れました、ChatGPTを使っています、というだけでは競争力になりにくくなっていく。


1時間の投資で「今後ずっとやらなくていい作業」ができた

これは僕自身の仕事でもかなり実感している。僕は大学でジャーナリズムとマスコミュニケーションを学び、以前はプログラマーとして働いていたこともある。今はTokyoTacosで映像を撮ったり、インタビューをしたりしている。


以前なら1時間のインタビューを撮った後、その1時間の音声を聞かなければならない。2倍速でも30分。そのうえ文字を打ち、聞き直し、チェックし、必要な発言を探す。文字起こしだけでかなりの時間が消えていた。


今は、インタビュー音声をクラウドのフォルダーに置けば、自動で文字起こしして保存し、その後AIで検索・要約・翻訳・字幕作成につなげられるように自分のワークフローを組んでいる。この仕組みを作るのに、僕の場合はおそらく1時間程度しか使っていない。それだけの投資で、今後何度インタビューをしても、以前の文字起こし作業の大部分を繰り返さなくてよくなった。


もちろん100%完璧ではない。でもインタビュー中に「これはAIには聞き取りにくそうだ」と感じた固有名詞や専門用語があれば、少し言い直したり説明を足したりして、最初からAIが扱いやすいデータにしておくこともできる。人間側の仕事も、AIに合わせて少し変わってきた。


個人の仕事ですら、1時間程度の仕組みづくりで毎回発生していた作業を大きく減らせる。そう考えると、国や企業が大量のデータと計算資源を使ったとき、何が消え、何が新しく生まれるのかにはかなり興味がある。


文字起こしの価値が下がっても、「何を聞くか」は残る

少なくとも現時点で僕が感じるのは、「作業」と「判断」は同じものではないということだ。文字起こしが速くなっても、誰に会うべきかは自動的には決まらない。インタビューで何を聞くのか。相手の何気ない一言のどこが面白いのか。メキシコで起きていることを日本の人にどう伝えるのか。どの映像を残し、何を捨てるのか。


AIによって、これまで人間が時間を使っていた「作業」の価値は猛烈な速度で変わっている。一方で、問いを作ること、現場に行くこと、人と関係を作ること、判断することの価値まで同じ速度で下がっているのかは、まだ分からない。


AIは、以前なら専門家にたどり着かなければ入口すら分からなかった分野でも、公式情報を探し、制度を理解し、次に何を確認すべきかというところまで連れていってくれることがある。もちろん最終判断に専門家が必要な分野はあるし、AIの回答が正しいかの確認も必要だ。それでも「知らないから何もできない」と「まず調べて動き始められる」の距離は、かなり縮まったと思う。


TokyoTacos View|AIで何を生み出せるか

Coatlicueに何基GPUが入るかも重要だ。でも、本当に見るべきなのはその先だと思う。


災害予測は良くなったのか。

旅行者は迷わなくなったのか。

行政手続きは速くなったのか。

企業の利益は増えたのか。

人間が退屈な作業に使っていた時間は減ったのか。

そして、その空いた時間から何が生まれたのか。


僕自身、AIのおかげで以前なら一人では難しかったことを試せる範囲がかなり広がったと感じている。ただ、それは「何でもプロになった」という意味ではない。むしろ、専門知識にたどり着くまでのコストや、試作品を作るまでのコストが急激に下がったという方が近い。だからこそ最後に必要になる現場経験、専門家の判断、責任の所在は以前よりはっきり区別した方がいい。


2026年のメキシコは、まだ「AI大国になった」と言える段階ではない。CoatlicueもAI Factoryも発展途上で、企業側でも投資対効果を証明する難しさが残っている。地域によるデジタル格差もあるだろう。


それでも、メキシコがAIを消費するだけではなく、自分たちの計算資源、クラウド、人材、公共サービスまで含めてAI基盤を作ろうとしていることは、今回調べて初めて知った。そして、その基盤から何が生まれるのかは、まだ決まっていない。そこには民間企業や起業家、クリエイターが入り込む余地もあるはずだ。


僕自身、メキシコで仕事をしている一人として、この変化の外から眺めるだけではなく、本当に小さな一端でも担えたら面白いと思っている。100%できる保証なんてない。でも、AIによって「一人では無理だったこと」のコストが下がっている今なら、以前よりその可能性は確実に大きい。


もし自分の会社や仕事の中に「毎回同じことをしている」「人が時間を取られている」「情報がバラバラで探すのが大変」という部分があるなら、そこはAI化できる可能性がある。僕自身が文字起こしのような小さな作業からAIで仕事の仕組みを変えているように、会社の中にも「毎回なぜか人間がやっている作業」はまだたくさんあると思う。


AIを入れること自体ではなく、「何時間減らせるか」「何を新しく生み出せるか」から、一緒に考える相談もTokyoTacosでは歓迎している。


参考資料・出典

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