NVIDIAがメキシコに接近?政府がAIの「顧客」になる国を調べた

メキシコに住んでいると、道路、屋台、工場、古い行政手続きみたいなものが毎日の景色として見える。だから最近、メキシコ政府とAIについて調べ始めたとき、正直ちょっと意外だった。
「え、メキシコって、そこまでAIをやってるの?」
AI規制の議論だけではなかった。政府はスーパーコンピューターを作ろうとしている。NVIDIAと技術協力を進め、AI人材を育て、行政サービスにAIを入れ、製造業にも広げようとしている。しかもNVIDIAのCEOは、同社のAIスーパーコンピューターがメキシコで製造されているとまで話している。
さらに9月には、経済相Marcelo EbrardがNVIDIAのJensen Huang、OpenAIのSam Altman、AnthropicのTom Brownと個別に会った。ここまで並ぶと、「なぜ今、AI企業はメキシコを見ているんだろう?」と気になってくる。
一方で、「NVIDIAにメキシコが乗っ取られるのか」「Pemexのデータまで取られるのか」と考えると、話は急に大きくなる。そこで今回は、今わかっている事実と、まだ言えないことを分けながら調べてみた。
OpenAIやAnthropic「会った」だけ。NVIDIAは一歩先
2026年9月2日、メキシコ経済省は、Ebrard経済相が米国ノースカロライナ州で開かれたG20関連会合で、NVIDIA、OpenAI、Anthropicのトップと会談したと発表した。
ただし、ここはかなり重要だ。OpenAIとAnthropicについて、メキシコ進出や投資、政府との契約が決まったとする公式発表は現時点では確認できない。会ったことは事実だが、「進出決定」と書くのは早い。
一方、NVIDIAについてはもう少し具体的だった。経済省によると、EbrardとJensen Huangは、メキシコのAI能力とAI導入を進めるため、Huangのメキシコ訪問を調整することで合意している。Huang自身も、NVIDIAのAIスーパーコンピューターがメキシコで製造されていると話している。
つまりNVIDIAにとってメキシコは、単なる「AIを売る市場」ではない。すでにAIハードウェアの製造拠点でもあり、その上に政府需要や計算基盤を積み上げられる可能性がある。
政府はAIを買うだけではなく、巨大計算基盤を持つ計画
その象徴が、メキシコ政府が進めるスーパーコンピューター「Coatlicue」だ。政府発表では投資額は60億ペソ(ざっくり約500億円、約3.3億ドル規模)。2026年1月から24か月で建設する計画で、314 PFlops級の計算能力を目指している。まだ完成した設備ではなく、建設計画の段階だ。
用途として政府が挙げているのは、気候・災害、農業、エネルギー計画、石油・ガス探索、税・行政データ処理など。つまり「研究者が使う巨大コンピューター」だけではない。国が抱える実務へ計算資源を直接使おうとしている。
さらに9月7日のExpansiónによるNVIDIA Latin America幹部への取材では、NVIDIAがメキシコのAgencia de Transformación Digital y Telecomunicaciones(ATDT)とCoatlicueの共同設計を進め、その後のGPU供給も想定していると説明している。計画上は14,480 GPU規模とされる。
ここまで来ると、「AI企業を誘致したい」という話より一段深い。メキシコ政府そのものが、AIインフラの大口顧客になろうとしている。
NVIDIAはPemexのデータが欲しい?
個人的に一番気になったのはPemex(ペメックス)だった。Pemexはメキシコの国営石油会社で、石油・天然ガスの探査や生産などを担う巨大企業だ。NVIDIA側は、その石油・ガス田の探索でAIやHPCを使う可能性について、Pemexとの将来的な協力に関心を示している。地震探査などの大量データを高速処理し、「どこを掘るべきか」という判断を支援する用途だ。
ただし、現時点でPemexとNVIDIAの契約が成立したわけではない。NVIDIAがPemexへAIを導入済みでもない。そして、「PemexのデータをNVIDIAが取得することが目的だ」と示す根拠も、今回確認した資料にはない。
NVIDIAの基本的なビジネスは、GPUだけではなく、GPUを動かすソフトウェアや開発基盤を含む計算プラットフォームを提供することだ。だから本当に考えるべきなのは、「データを盗られるか」という単純な話より、国家の重要インフラが特定の海外技術スタックへどこまで依存するのか、という問題なのだと思う。
墨政府は、AI企業への巨大な「顧客」になろうとしている
ATDTの2030 Agendaを見ると、その姿勢はかなりはっきりしている。2026年には行政手続き用AIアシスタント、WhatsApp対応、観光AI「Kúul」、衛星画像のAI解析などを進める計画が並ぶ。AI・新技術の人材認証も増やす。
2030年に向けては、AI Factory、Coatlicue、農業・水・セキュリティ分野での画像AI、民間への計算能力提供、AIソリューションの商用化まで書かれている。
僕はここを見て、「政府がAIを規制する側」だけではなく、「政府自身がAIの顧客になる側」でもあるんだなと思った。
規制する。
人材を育てる。
計算基盤を作る。
政府サービスで使う。
そして民間にも広げる。
全部を同時にやろうとしている。
工場の国だから、AIをソフトウェアだけで終わらせない
メキシコのAI戦略で面白いのは、もともと巨大な製造業を持っていることだと思う。AIというとChatGPTのようなソフトウェアを想像しやすいが、メキシコでは製造業そのものへAIを入れる政策も進んでいる。
2026年6月、メキシコ経済省はINEGIの2024 Economic Censusを使った製造業AIの分析を公表した。10人超の製造企業でAIを利用している割合は4.8%とされ、他産業やOECD平均より低く、導入はまだ初期段階だ。
一方、その研究ではAI導入率の上昇と、生産額・賃金・雇用の改善に統計的な関連が見られたとしている。ただし、これは「AIを入れれば必ず生産が18.8%増える」という因果関係を証明した数字ではない。
むしろ政策として重要なのは、「メキシコには工場が大量にある。では、その工場をAI化すればどうなるか」という問題意識を政府が持ち始めていることだ。
AIは「土地と電気の産業」だ
AIを動かすには、GPUだけでは足りない。データセンター、送電網、土地、通信、水、許認可が必要になる。
2025年にはCloudHQがケレタロで6つのデータセンターを建設する48億ドル規模(ざっくり約7,000億円規模)の計画を政府と発表した。キャンパス全体では900MW規模を想定し、まず200MW分の電力確保についてCFEやCenaceとの調整が説明されている。AWSもケレタロで50億ドル規模(約7,300億円規模)のデジタルリージョン投資を発表している。
KIO Data Centersは、メキシコでデータセンターを運営する企業だ。同社も2026年だけで2億ドル超(約300億円規模)の新規投資をメキシコシティ、モンテレイ、ケレタロで進め、CloudやAI需要を成長要因として挙げている。
ここまで来ると、「Mexico AI」はスタートアップだけの話ではない。土地、電気、建設、通信、半導体、サーバー、工場、人材、行政まで含む産業になっていく。
メキシコのAIはラテンアメリカで一番進んでいる?
ここで一度冷静になった方がいい。調べるほどメキシコがすごく見えてくるが、「ラテンアメリカのAI先進国はメキシコ」とまでは言えない。
CENIAとCEPALによるILIA 2025では、AI成熟度の総合評価でチリ、ブラジル、ウルグアイが「Pioneers」に分類され、メキシコは47.03点で「Adopters」だった。インフラ面でもブラジル、ウルグアイ、チリが上位にいる。特にブラジルは、地域の計算能力の90%以上を占めるとされている。
つまりメキシコは、すでに圧倒的なAI大国だから世界企業が集まっている、というより、巨大な産業基盤を使って急速に追いつこうとしている国、と見る方が近そうだ。
ブラジルは計算資源、チリは政策とインフラで先を行く
他の国もかなり本気だ。ブラジル政府のPlano Brasileiro de Inteligência Artificialは、2024〜2028年に230.3億レアル規模の投資を想定し、公共サービス、計算基盤、人材、企業イノベーション、規制をまとめて進める。世界トップ級のスーパーコンピューターや、ポルトガル語の国産AIモデルも視野に入れている。
チリも2021年から国家AI政策を持ち、14省庁にまたがる177の施策を動かしてきた。さらにNational Data Center Planで、再生可能エネルギーや海底ケーブルを使い、ラテンアメリカのデータセンターハブを狙っている。
コロンビアにも2030年までの国家AI政策があり、100を超えるアクションと約4,790億コロンビアペソ(ざっくり約1.2億ドル、約180億円規模)の投資計画がある。
つまり、国家ぐるみでAIをやろうとしているのはメキシコだけではない。むしろラテンアメリカ全体で競争が始まっている。
メキシコには「追いつく方法」がある
それでも、僕がメキシコを面白いと思う理由はある。
ブラジルのように現在の計算能力で地域を圧倒しているわけではない。チリのようにAI成熟度でトップでもない。
でもメキシコには、自動車、電子機器、サーバーなどの巨大な製造業がある。北米のサプライチェーンに深く入っている。ケレタロを中心にデータセンター投資が続いている。そこへ政府のスーパーコンピューターと公共AI需要を載せようとしている。
メキシコのAI戦略が面白いのは、AIで先頭を走っているからではない。工場、データセンター、政府需要、スーパーコンピューターを一本につなぎ、追いつこうとしているからだ。
AI国家の弱点はGPUよりも、まず電気か?
もちろん、GPUを買えばAI国家が完成するわけではない。むしろメキシコで最大の制約になり得るのは電力だ。
データセンターが集中するケレタロでは、電力供給と送電インフラが成長のボトルネックとして指摘されている。AI向けデータセンターは大量の電力を長期間、安定して必要とする。
CoatlicueもCloudHQも、その先に来るAI企業も、最終的には「電気をどこから持ってくるのか」という極めて物理的な問題にぶつかる。
AIのニュースを追っていたはずなのに、最後は送電網の話になる。この感じも、僕にはかなり面白い。
TokyoTacos View|AI主権は、外国企業を使わないことではない
メキシコ政府は「技術主権」を掲げている。一方で、Coatlicueの設計やGPUではNVIDIAの技術を使おうとしている。これは矛盾なのだろうか?
僕は必ずしもそうではないと思う。今のAIで、半導体からソフトウェアまで全部を一国だけで作るのは現実的ではない。重要なのは、誰がデータを管理するのか、誰が運用できるのか、代替手段があるのか、契約やルールを自分たちで決められるのか、そして使う側に技術を理解できる人材がいるのか、ということなのだと思う。
だから「NVIDIAに乗っ取られるのか?」という問いをそのまま答えるなら、今回確認した範囲でそんな事実はない。ただし、国家の計算基盤や重要産業が一社の技術へ深く依存するとき、その依存をどう管理するのかは、これから本当に重要になる。
そして日本企業にとっても、この変化は遠い話ではない。メキシコ工場でAIをどう使うのか。現地データセンター市場はどうなっているのか。AI政策や規制はどう変わるのか。現地のAI企業や研究者とどうつながるのか。
TokyoTacosでは、こうしたメキシコの技術・市場動向について、現地リサーチ、企業・市場調査、取材、ビジネス視察、現地企業とのコミュニケーションやコーディネーションを行っている。日本側から「メキシコのAI市場をまず現地で見たい」という段階からでも、今後はかなり面白いテーマになりそうだ。
製造業の国だったメキシコが、AIを使うだけでなく、AIを動かすインフラと顧客まで国内に作ろうとしている。
参考資料・出典
Secretaría de Economía|El secretario Marcelo Ebrard impulsa el desarrollo en México de la Inteligencia Artificial, durante reunión del G20 en Carolina del Norte
Presidencia de México|Presidenta Claudia Sheinbaum presenta “Coatlicue”, la supercomputadora del pueblo de México y la más poderosa de América Latina
Secretaría de Economía|La adopción de IA en la manufactura mexicana se asocia con retornos medibles: +18.8% en producción y +5.4% en salarios
Presidencia de México|Plan México avanza: Se anuncia inversión de 4 mil 800 mdd de CloudHQ para la construcción de 6 Centros de Datos en Querétaro
KIO Data Centers|KIO Data Centers supera los USD 900 millones invertidos y proyecta una nueva etapa de crecimiento hacia 2030
Brasil MCTI|Plano Brasileiro de Inteligência Artificial
Chile MinCiencia|Plan Nacional de Data Centers



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